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市原尚士の絵・本・漫・文 ◆峩鮗圓隆遒咫帖張螢坤泪鵝Ε廖璽肇蕕暴于颪Α
シンガポールでは初めてとなる大規模な国際現代美術展「第1回シンガポール・ビエンナーレ」が2006年11月12日まで開催中だ。38の国・地域から95組のアーティストやグループが参加。日本からも杉本博司、森万里子、会田誠らの作家が出品している。
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「芸術のるつぼ……マックス・ラーベ試論」
「芸術のるつぼ……マックス・ラーベ試論」
     市原尚士(ジャーナリスト)

筆者は、初来日したドイツの音楽家マックス・ラーベ氏に、2006年5月10日(水)、東京都渋谷区内のレストランでインタビューし、さらに5月12日(金)の東京公演(於晴海・第一生命ホール)を鑑賞した。これから記す文章は、いわば、この一期一会の縁から得た私の個人的な感想・印象・意見を記すものである。


――1920から30年代のドイツ・ベルリン。そこは「ヨーロッパの娯楽の首都」であった。カバレット(キャバレー)、笑劇、映画、そして流行歌などの通俗的な出し物がはやったのである。この時期は経済危機による厳しい不況に見舞われると同時に、ナチスが徐々に勢力を強め、議会民主制が無力化していった10数年でもあった。ラーベ氏は、肩の凝らない軽やかな、つまり享楽的とも言えるワイマール文化の精粋を現代に甦らせた。そう、彼はカバレットで披露された流行歌や映画の主題歌を掘り起こす作業をベルリン芸術大学在学中からスタートさせた。ナチスにより「退廃芸術」の烙印を押され、長い間,日の目を見なかった楽曲をこつこつ掘り起こす作業を続けてきたのだ。でも、なぜそんな作業をしてきたのだろう?

ラーベ氏
「本当に素晴らしいエンターテインメントがそこには奇跡的にあったから、楽曲の掘り起こし作業を進めてきたんだ。ワイマール文化の前にも、後にも決してなかったステキな音楽だったんだよ、それは。当時はもちろんテレビがあった訳じゃない。テレビの代わりにカバレットなどでお酒を飲みながら、楽しく聞く音楽だったんだ。アイロニカルでブラックユーモアに満ちていて、歌詞に込められた意味が深いんだ。ナチスの時代には抹殺されてしまったけども、私は是非とも、これらの曲を現代の人間に聴いてもらいたかったんだ」


――古い歌曲の掘り起こしには、何か政治的な意味合いやメッセージ性が込められたものなのか。ブロッホ、クラカウアー、ホルクハイマー、アドルノなど多くの学者が、ワイマール時代に狂い咲きした文化について繰り返し言及しているようだが……。

ラーベ氏
「政治的なメッセージなんて本当に何もないんだ、私には。イデオロギーもない。ただただ楽しいからやっている。もちろん『退廃芸術』と名指しされた音楽、つまり私が披露している音楽は、今でも右翼の人たちは歌わないけどもね。ナチスが政権を掌握するまでは、スマートでモダンな音楽文化があった。だけどヒトラーがその豊かな文化の流れを断ち切ってしまったんだ。その時代の著名な作曲家、作詞家の多くがユダヤ人だったからね」

――音楽の掘り起こしはどのように取り組んだのでしょうか。結構、大変だったのではないでしょうか。

ラーベ氏
「楽譜や古いレコード、音楽関係の書籍をあさりまくった。その努力が実って、今ではすぐにコンサートで披露できる、または披露できそうな音楽が約450曲あるんだ。ちょっと現代に紹介するのには合わない、古くさすぎるのが、やはり450曲以上はある。つまりこれまでで1000曲弱の作品を発掘したことになるのかな」

――無表情でニヒルな顔付きで歌いますが、何か意味があるのでしょうか。

ラーベ氏
「笑い話を、演じ手側が笑いながら話したらどうなると思う? 聞き手はもちろんしらけて笑えなくなってしまうよね。だからくそまじめな顔で歌うんだ。私は楽しんで聞いてもらいたいから」

――ワイマール文化の音楽を日本で今回、紹介される訳ですが、日本とこれらの音楽とのかかわりは過去にもあったのでしょうか。

ラーベ氏
「当時、ベルリンで非常にはやっていた楽団『ヴァイントラウプ・ジンコペーターズ』(リーダーはシュテファン・ヴァイントラウプ)が日本を訪れ、大成功を収めたって聞いている。実は日本の1920、30年代の音楽にも興味を持っているんだ。なぜ、古い音楽に興味を持つのか、その理由を話そう。戦後、ドイツでも日本でも文化を引っ張ったのはアメリカだった。ドイツ人も日本人もアメリカの音楽に、映画にすっかり夢中になってしまった。それでもともとドイツや日本にあった音楽に皆が関心を寄せなくなってしまった。これは問題だよね。さらに言えば、それぞれの国が持っている音楽文化がアメリカによって席巻されてしまったことによって、他国の文化の持つ多様性への想像力を失ってしまう傾向があることも大きな問題だ。例えば、ドイツの音楽と言われて、日本の一般の人はどんなイメージを持っていますか。ビアマグを手にしたむくつけき男たちが肩をくみながら、古い民謡を歌っている。そんな通俗的なイメージではないでしょうか。私は、例えばマドンナのように世界各国を覆い尽くす音楽でも、ドイツの古い民謡でもない音楽を紹介したい。つまり、それがワイマール文化の中で聞かれた音楽だと考えているんだけど」


――ラーベ氏の初来日はドイツのメディアも大きな関心を寄せた。ベルリン在住のフリーのTVディレクター、フリードマン・ホッテンバッヒャー氏はカメラマン、音響スタッフを引き連れて、ラーベ氏の同行取材をした。オーストリア、スイス、ドイツの3国で作る文化や科学技術などの番組を流すチャンネル「3sat(スリー・サット)」でオンエアする番組を作りに来たのだという。長期の滞日経験を持つ彼は、今回ラーベ氏を招いた俳優イッセー尾形の一人芝居も見ている。そのホッテンバッヒャー氏が注目するのが、尾形、ラーベ両氏に通底するある種のテイストだという。

ホッテンバッヒャー氏
「ステージ上に出て来た時に作り出すフィギュアー(人物造形)が非常にしっかりしているんだ、2人とも。ラーベ氏なら、1920年代、30年代に生きていた人が本当にタイムマシンに乗って甦って今、ここに甦って存在しているような感じがする。尾形氏なら東京を中心にした都会に生きる人間、あくまでも庶民的な人間の抱く孤独感を見事に体現しているよね。まぁ、尾形氏は芝居をしているけど、ラーベ氏は一応は音楽公演をしている訳で、その点から考えると、ラーベ氏の公演には演劇的な性格があるのかもしれない」

――確かにその通り。公演を見て思った。ラーベ氏の動きは非常に特異、かつ演劇的なものだった。彼は聴衆に背中を見せない。歩くというよりも舞踏のステップの変形のような進み方を見せる。ステージ上では一曲、歌い終わると、あるいは歌の途中でも、腰を左右にひねりながら聴衆の方を向いたまま後ずさりしていく。後ずさりと今、書いたが、見た感じはパリコレなどのファッションショーでトップモデルがキャットウォークの上で見せる歩きに似ている。「すたっすたっすたっ(わざとつまらなそうに無表情で歩く)。ぴたっ(2呼吸ほど止まり、見えを切る)。再びすた、すた、すたっ」というあれである。ラーベ氏は後退する時に、このモデルの歩きを採用するのだ。また、面白いのは後ずさりの終点である。黒光りするピアノが待ち構えているのだ。彼はピアノに軽くもたれかかるようにして立つのだ。憂愁(?)の表情を浮かべながら。ピアノの黒い平面がバーのカウンターに見えてくる。強めのウイスキー、あるいはウオツカでも入っているであろう小粋なグラスが見えてくるから不思議だ。そんなグラスはどこにもないはずなのに。映画「大いなる幻影」(ジャン・ルノワール監督)の中で怪優エリッヒ・フォン・シュトロハイムがくいくいっと一気に酒をあおる。そのようにラーベ氏も酒を飲んでいるようだ。

――今、「風景」という言葉をあえて使ってみた。ラーベ氏の音楽公演は、まるで演劇公演のようにも思える。どんな種類の演劇か。様々な過去の風景を内在し、見る者にも、その風景を強く意識させる種類のそれだ。しかも、映画の記憶をフルに活用した「演劇」だ。言い方が難しいのだが、演劇的な演技を披露するシーンの含まれた過去の映画作品があったとして、その映画を直接引用するのではなく、あくまでもその映画のイメージを喚起するようなパフォーマンスを披露するのだ、ラーベ氏は。映画のようにも演劇のようにも音楽のようにも見える、聞こえる、感じられる。珍しい公演形態であると言えよう。いずれにせよ、ラーベ氏の公演、そしてラーベ氏の身体の内部には、様々な風景が感じられるのだ。

――20数曲が披露された音楽公演をここで振り返ってみよう。作曲家クルト・ヴァイルの「アラバマ・ソング」が出てきた。ロックグループのドアーズやマリアンヌ・フェイスフルもカバーした名曲である。「雨に歌えば」も登場した。ドイツのミュージカル映画「会議は踊る」(エリック・シャレル監督)の主題歌「唯一度だけ」も出て来る。ヴェルナー・リヒャルト・ハイマンが作曲した名曲である。

♪♪♪サビの部分はこうだ♪♪♪
それはただ一度しかない、それは二度と再びやっては来ない、
それはことによると夢想に過ぎない。
それを人生はただ一度しか与えることができない、
ことによると明日にはもう過ぎ去っているかもしれない。
それを人生はただ一度しか与えることができない、
というのはすべての春には5月は一つしかないから
♪♪♪


――ミュージカル映画「トップ・ハット」で大ヒットした「頬を合わせながら」も出て来る。名曲「ナイト&デイ」も。公演中、一番、私が感銘を受けたのは、あのマレーネ・ディートリヒ主演の「嘆きの天使」(ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督)の劇中歌「また惚れたわよ(私は頭から足まで愛する準備が出来ている)」だった。フリードリヒ・ホレンダー作曲の名曲である。ちなみにこの映画の中で演奏しているのが、先ほど述べたヴァイントラウプ・ジンコペーターズである。歌詞の一部分を紹介しよう。
♪♪♪
わたしは頭の先から足の先までラヴに向いている、
なぜなら、それが私の世界でほかには何もないのだから
わたしに何ができよう、これが私の天性なんだから、
わたしは本当に愛することができるだけ
そして他には何もない。
♪♪♪

――ホレンダーの書いた「キャバレー」という文章の一節が、奇妙にもラーベ氏の歌う姿勢と二重写しになって見える。
「キャバレーは磨かれた言葉と充電した音楽という抜群に清潔な武器によって、鉄でできたあの殺人的な武器を逃走させることのできる、所定の戦場である」
           (1932年2月2日付「ヴェルトビューネ」誌)
ラーベ氏の披露する音楽にも「磨かれた言葉」「充電した音楽」が感じられるのだ。公演では、まだまだ名曲が出て来る。フランツ・レハールのオペレッタ「ほほえみの国」で披露される情熱的なアリア「わたしの心はすべて君のもの」が出て来る。「未来世紀ブラジル」(テリー・ギリアム監督)の中に出て来たラテンの名曲「ブラジル」も登場する。マルクス兄弟の映画「オペラは踊る」(サム・ウッド監督)の挿入歌「コジ・コザ」などなど。

――ドイツ語というと、ついついあのナチスのヒトラーの聞く者を脅かすような、演説の声を思い出してしまう。また一般的には「フランス語は響きが美しいけど、ドイツ語は何か硬くて重苦しい」という先入観を日本人は持っているように思う。ところが、どうだろう。ラーベ氏の公演を聞けば、いかに上記のような考え方が誤ったものだったかがはっきりと分かるのではないか。実に伸びやかだし、情緒もこもっている。また歌と歌との間の短いトーク(MC)の方はユーモアたっぷりで笑わせてくれる。

――映画、演劇だけでなく、さらに美術的なイメージも感じられる。ホレンダーの妻で著名なシャンソン歌手ブランディーネ・エービンガーの歌う「憐れな少女の歌」が初めて歌集として出版された時、繊細な線の石版画(リトグラフ)の挿絵を施したのが、あのケーテ・コルヴィッツだった、という逸話がある。また、例えばオットー・ディクスが肖像画「女性ジャーナリスト、シルヴィア・フォン・ハルデン」で描いた女性の退廃的な姿は「嘆きの天使」のディートリヒの退廃的な姿と重なる。ワイマール文化とは一つのるつぼだったのだ。芸術の全ジャンルがその内部でたぎり、溶け合っていたということだ。


――ラーベ氏の公演もまた芸術の全ジャンルの様々な風景、記憶を聴衆に想起させつつ、テンポ良く進行していった。聴衆の反応は非常に良かった。初めて鑑賞した人がほとんどだと思われるし、歌詞は翻訳字幕で見るしかないという悪条件だったのにもかかわらず、聴衆はラーベ氏の放つワイマール文化の最も良質な部分をしっかり受け止めていた。イッセー尾形が海外で公演した時に、日本人が笑うのとほとんど時間差もなくドイツ人が笑う姿を見て、私は不思議に思ったことがある。しかし、今回はその逆だった。ドイツ語の歌に敏感に反応する日本人の姿を発見したという訳だ。その反応の良さに気を良くしたのに違いない。ラーベ氏の公演は終盤に向けて尻上がりに盛り上がっていった。世界中のどこでも「自分たちの芸術は通用するんだ」という確信も得ただろう。

――公演では、東辰三が作詞・作曲、平野愛子が1950年にヒットさせた「白い船のいる港」も登場。ラーベ氏が流ちょうな日本語で歌ってみせた。現代ドイツ、約80年前のドイツ、現代日本、半世紀前の日本、数多くの映画、演劇、さらに美術まで驚くべきほど広いジャンルの風景が溶け合った様子は壮観そのものだった。鑑賞して良かったと心底から思った。来年も公演することが決まっているという。今回は、かなりポピュラーな曲目が多かったが、今度は少し地味な曲、良く知られていない曲も紹介してもらえるとうれしい。また、イッセー尾形氏も音楽ネタ(ドイツ語で作って欲しい)をラーベ氏の公演に持ち込んで飛び入り参加して欲しい。ぱっと見は、やや偏屈気味の「マックス・ラーベ&イッセー尾形」のこと。2人がぶつかるとかなり面白いステージが出現するように想像してしまうのだが。


――最後にお詫びを。文章中、「ラーベ氏」と書いてある場合、そこにはもちろん「パラスト・オーケストラ」の面々も含まれております。私がラーベ氏のインタビューに夢中になってしまい(ある事に夢中になると周りが目に入らなくなり)、オーケストラメンバーにあまり話を聞けなかったのです。それからドイツ語の通訳をしてくれたラファエル・トーマスさん、本当にありがとうございました。来年の公演を今から心待ちにしながら、会場で購入したラーベ氏のCDを聞き返している毎日です。
                      (2006年5月28日)

| 市原尚士の絵・本・漫・文 | 20:25 | comments(4) | trackbacks(1) |
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