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二人芝居「百戦錬磨の人生ドラマ」

イッセー:
初日の舞台の怖さと力ってあるよね。今回はうまくいったね。どっち転ぶかわからないけどね。ワークショップのつくり方とまったくいっしょで作っていったの。今日も二人でしゃべってて、もう少しせりふでるかな、とか思ってたら、雄三さんに暗転にされちゃって、あれ(笑い)とか。で、小松さんがこうやりたいかな、ってのをぼくができるだけ場を作るってか、そういうことやろうと思った。小松さんがのびのびやってくれるとぼく自身がどんどん楽になっていくしね。

小松:

今回、汗かかなかったって?そんなことないですよ。着替えの服の全部にハンカチいれといてくれたんだけど。すごく助かったよ(笑)。見に来てくれた女優さんが、初めてのものだ、って意味のこと言ってくれた。それはうれしい。これまでになかった形の芝居ができたと思いますね。それと、ナンセンスってことが今回できたの。ナンセンスをしっかりできたのがよかったです。

〜吉村先生のレポートより〜
2007年2月
イッセー・小松二人芝居

シアター1010全体が何度も笑いどよめいた。脚本があると、まことしやかにいう二人に。
初日 2月10日土曜日

熱海
パンチパーマおばさんイッセーと、フリフリレース系のおばさん小松。はだしの足で舞台をしとしとと歩むと、北向きの客室の湿気た畳のにおいがする。30年ぶりに熱海に旅行に来たらしい。仲良しの二人のはずだが、姿、服装の違いは大きい。長い人生はこれだけ二人の好みや生き方を変えていく。若い人たちがお互いみわけがつかないような同調ファッションでつるんでいるのと比べてしまう。

楽しもうとする気分の下から噴き出すような疲れが表れ、二人で舞台上ハノ字に寝てしまう。コントでも芝居でも舞台上の人物二人がじっと寝てしまったら、その沈黙には意味があるというお約束。は、まったく無視して、客は二人が寝入る姿だけをみつめる。ただそれ以上でも以下でもなく、畳の上で眠る窮屈さや寒さを自分の中からみなが掘り出してしまう時間。意味というものが今回の一連の芝居では追求されないことを客は最初に理解する。
 熱海に来てもはしゃぐ状況はなく、海も望めない部屋で煙突を登る男を発見する。それは、彼女たちの「熱海」だ。ぐらぐらと突出した煙突に、自殺しようとしてか無謀に登り続ける男に、二人はあらんかぎりの声をあげる。「人間簡単には死ねないのよ。ガスの元栓あけてね、で、乳飲み子・・が」「私だってここまで苦労したのよ。死なせないわよ」
 必死で小さい窓から叫ぶ。二人で部屋にこもるだけでは足りなかった旅への期待がここで発散していく。しかし、ドラマは彼女らの心内にしかなく、煙突掃除に老女の叫びは届くはずがない。

ブックセールス
 8月の原宿二人芝居でロシア劇団に入門希望した、スタッフやっこ登場。あれ、開幕直前まで、チケットもぎりしていたはずだけど!そういう子なんです。やっちゃんは。
中途半端にインテリっぽい二人の中年女性。はさまれるようにして、ショールカラーワンピース姿に色柄物長靴下の女の子。年齢不詳。

 女の子をはさみ3人の女性が玄関のチャイムを鳴らし、絵本の説明をしていく。茶髪パーマが派手なイッセーセールスウーマンは、さばけた物言いがかえって反感を買うだろうし、白髪かつらが上品な紺スーツの小松セールスウーマンは、絵本買ったら宗教までついてきそうな感じ。よって、売れない。ところがいつも表情の変わらないやっちゃんは、ノックして、買ってください、と頼んで、成功してしまう。二人の意識の外にあった小娘は、二人の反感と羨望のまなざしにサンドイッチされてしまう。しかし、この子は何が起こってもただ状況に素直で動じない。やがて、ベテラン二人は、この子のやり方で売るしかないじゃない、と何かをかなぐり捨てるのだ。
 女の子は舞台の上で一貫して態度も情緒も変化しない。にもかかわらず、自信たっぷりだった二人の女が、一挙に塊になり、女の子への態度をどう決めようか二人して同時にとまどうところに客は大笑いしてしまう。3人目がいることで、二人は強固なユニットになるのだ。


医者
置き舞台両脇で、イッセーと小松が衣装替えをする。隣でスタッフの近藤さんがぶつぶつ言う。「イッセーさん、背広に着替えさせたら、はやいはやい」ワイシャツに折り目ズボン、ネクタイに白衣。真っ白な学者かつら。舞台を向いたイッセーに対して、小松の着替えは序盤。ここでもう、客はおかしくてしかたがない。舞台上で息を合わせながら、二人の生活のテンポはまったく異なることが、ノーネクタイの小松と、着替え終わってミネラルウオーターを余裕であおるイッセーの対比で、はっきり伝わっていく。演出も何もなく、素の結果なのだけれど、客から見える自分たちの滑稽さは二人の俳優に即座に伝わり、極上の舞台下の舞台ができあがる。上品なのは、二人とも客の笑いを引き出してもそれをさらに拡大しようとはしないところ。今度は同じテンポで舞台に一直線に向かっていき、暗転。700は入っている劇場全体が、愉快な共犯意識でひとつになっていく。

 イッセーが白衣。小松は患者。二人は向き合い、医者は結果を説明していく。深刻な結果らしい。動脈瘤的せき髄 弁・膜・・・。医学用語が、いかに私たちの日常言葉を用いずに作られているかが、客を笑わせる。手術の説明は脇の毛をそり30センチ切開し、そこに鉄板をいれ、カビをはやし、その胞子が、と。ありえないような世界。でも、それは、ローマ頭文字の略語で最新の検査結果を聞かされて、わかった振りしてうなづき続ける私たちの患者体験とそれほど大きく隔たっているわけではない。
 次は小松が白衣。イッセーは白衣を脱ぐと、昼休みに職場を抜け出した出版社勤務デスク、みたいな感じ。確かに患者の訴えをよく聞く医者は、アッパク感のパクと、ズシン、という擬音に妙に反応し、死に至る病だと診断していく。これはまた、江戸時代に高貴な人の脈を結びつけた糸でとった医師のよう。医者の名人芸もまた、おそろしい。
ところで交替して白衣着るところが、お医者さんごっこのよう。
 
夜警

休んでいるときはコミュニケーションも、もはやかみ合わなくなっている二人の夜警。相手の言葉が聞き取れなくても、気にせず自分の答えを空に吐いていく。そうやっておそろしく長い期間、夜の時間をともにしてきたのだろうと想像する。
起こるはずのない出来事に対処するため、何も起こらない時間を延々と耐える仕事である。詰め所でかみ合わない平穏な会話をした後、二人は見回りに出かける。闇を照らし、一本橋のような非常通路をこわごわ渡る。しかしそこを通り過ぎてしまうと、また何も起こらない二人だけの夜の時間と空間。
歩くのもおぼつかない二人は、見回りゴールの空間で、「逮捕術」と一方が宣言して、二人だけで逮捕の型を演武する。だれも見ていないところで披露される種目はやがて、日舞、奇術、とエスカレートしていく。
小松が何を宣言して、二人で演じるかはもちろんその場までわからない。にもかかわらず、二人の日舞は、立ち方女方がきめのポーズで見えをきる。奇術では、たばこは手の中でもみ消され、色とりどりの花が咲くし、固く結ばれた(であろう)ロープは一瞬にしてほどけてしまう。もう、そろそろ今日はここまでと疲れたイッセー相方が思っているのに、なんと小松夜警は、「腹話術!」と言ってしまう。いすに腰掛けた小松のひざに、足を逆Vの字にしてすわり、頭だけを客の方に向けてニィーと笑う人形イッセーに、もう、会場大爆笑。これが用意周到に作られたシーンでなく、打ち合わせを最小限に限ってこの舞台に臨んだ二人のプロとしての現場力。その力が会場に伝わって、この場にいられることの幸せを思う。

オーディション
23のゼッケンと24のゼッケンをかけた釣り合わない二人の男。港湾労働者、と、働いた経験のない金持ちと自己紹介する。隣の男にだけは負けるまいと、お互いに肩をそびやかす。手本が示されるらしく、横をみては、体操か決めポーズなのか、波が不規則に伝わるように同じ動作をする。隣にいることでお互いにヒリヒリした気分になる。彼らのほかの参加者は次々と合格を与えられ、拍手でもって送られていく。とうとう二人は最後に残り、番号を名乗ると1,2と号令のようである。そして、二人はペアになり、漫才のコンビを組む。逃れたい相手が結局逃れられない相方となっていくための、勇を振るって参加した人生のオーディション。


高校3年生
観客のないコントを二人だけで続ける詰襟姿の尾形と小松。おもいきりベタな昭和30年代の青春を状況を変えて演じ続ける。彼らの口から出てくる言葉が次の状況を決定していく。もちろん、バックミュージックも二人が担当する。
♪赤い夕日が校舎を染めて♪
ラグビー部のせりふを小松が口にすれば、二人ともに恋心を抱くマネージャーのかおりちゃん小松が現れる。吉永小百合ばりの純情せりふのかおりちゃんは、世田谷のウテナ化粧品に就職する。場面は映画のシーンのように説明もなく転換する。尾形は卒業して、井の頭公演で「ボートいかがっすか」、と貸しボートの監視員である。と、そこへ現れた男に、尾形は「小松じゃないか」と声をかける。小松は車のディーラーに勤め羽振りがいい、かおりちゃんもいっしょである。1シーン終わると、ヒットソングの時間になる。
♪君には君のー夢があり♪
どんどん差がひらいていく二人の生活が、最初に登場した詰襟姿のままの尾形と小松によって、演じられていく。そして、疾走するように青春の夢は破れ、ふるさとに帰る列車。二人は手分けして、蒸気機関車の汽笛や水蒸気の音、信号遮断機の音を入れる。ときおり、尾形と小松に戻って、状況について指示したり、注文をつけたりするのがやけにおかしい。

これは、なんだろう。そうだ、なんのことはない、私たちが夕焼けに切なくなるまで没頭した原っぱのごっこ遊びだ。観客のない芝居。弟と二人で籐の寝椅子を倒してやった難破船ごっこ。ちょいいじわる知子ちゃんとやったおかあさんごっこ。だれも観客がいないおかげで、夢中でその役割に没入するおもしろさ。相手がどうせりふを作るかで、思いもよらない展開になっていく、はらはらしたライブ感。
二人の当代きっての達者な俳優が、観客のいないところで思いっきりごっこ遊びをやったらどんなものができるか、というシーンを、観客を意識してそのまま演劇に昇華した二人芝居。
客の愉快さの理由は、ただおもしろいものを見るだけでなかったことによる。今せりふを作り、予想しなかった展開にとまどい、打開できて安堵し、思いもよらぬ効果に大笑いする原っぱのごっこ遊びに全員が巻き込まれた、そんな芝居だったのだ。
舞台上の二人も演出やプロデューサーの両森田も、何も意図せず、ただ、現場で二人の想像力と、創造力を形にしようとした、その結果起こった奇跡。

2006年8月の二人芝居。あれは、強烈だった。イッセーが舞台上で本当にどうしようもなくいやな人をそのまんまいやな感じで出した。スタッフ村田が、本番直前の舞台稽古みて、本気で怖がったくらい。いやなものを全力で舞台に出す、ってすごい迫力だった。舞台上でいつもの小松親分を演じようとする小松が、役者としても役柄としても困らされていくのに、客ははらはらした。一転してよい人小松にイッセーが改心するなんてことはもちろん起こらない。
しかし、芝居は進み、舞台上の二人が、どんなことがあっても、今ここでの関係を絶対に切らないという強いつながりのもとに芝居していることが伝わってきた。関係と人間の奥行きが舞台上に正直に展開したとき、見ている者は、何かに許されたような気分になった。

そして今回、二人は最初から、芝居や社会の約束事、意味を放棄した。その結果、意味のない、でも、二人でいることが本当に何かを救う芝居ができた。
見終わって、客は自分たちの一部分が舞台にあがったような参加感を持ったのではないか。初めて行った町の原っぱで、見知らぬ子どもと友達になって遊んだような興奮と、もう一回会えるかな、と絞られるような気持ちをしまいこんで、土曜の夜は終わった。アンケートの中に、今度は家族を連れて見にきますという書き込みがいくつもあった。今日のことをだれかに話すより、いっしょにもう一度体験したい、そんな気持ちにさせる舞台だったのだと思う。
3回だけの贅沢な公演は、3回にちょうどぴったりの新鮮な何かを作りえるのだろう。とはいえ、まだ明日、あさっても残っている。
明日の客は何を楽しむのだろう。



3日目本番2月12日も見ました!
今日は二人の表情が見える席で観劇。イッセーさん、うれしそうな表情だった、とっても。一人芝居でうれしそうな表情の人は作るけれど、こんなにうれしそうじゃない。二人で漫才やって、「すっぽん」、とか、思い切りネタをやってしまう。楽にやってるわけでは決してないだろうし、表情だって客に向けたものには違いなかろうが、やっぱりどう見ても、一人芝居のときより、誰かといっしょにいるってことを楽しんでいる。
それが、イッセーさんをはじめて見る人にも伝わっていくのだろう。今日も満員の客席は、うんと楽しそうに笑う。クエストとは違い、結構60、70歳代の客が多い。千住って土地柄か、小松さんとの二人芝居に惹かれた人たちだからか。もしかしたら、映画「太陽」効果かも。

初日から、大きく変わったネタは、二つ目のブックセールス。素人やっちゃん、今日は二人に手をかえ品をかえいじめられる。でもってやっぱり、表情も気持ちも安定したやっちゃんはしっかり先輩たちに言い返すが、それが感情的にならず、かえって先輩たちのボルテージだけがあがっていくのがおかしい。やっちゃんが返事するだけ、二人の芸が何パターンも披露されていく。いいトリオです。

熱海
二人の老女のキャラクターがずっと鮮明になった。人生の初めからの性格というより、長い間人生切り開くうちにできあがってきた性格ってのが、伝わる。一瞬人情話かと、ほろっとしかかるけれど、やっぱり、ナンセンス。初日は老女小松が、韓国ヨンさまで盛り上がっていたのが、今回は煙突男に向けて、戦後の房総への買出しと担いでの売り歩きを詳細に語ってしまう。今夜は二人だけでたっぷり話そうとか言ってたけれど、煙突自殺男に向けて叫ぶほど劇的でなけりゃ、自分の人生語った気持ちにならないのだろう。30年ぶりの熱海だもの。そして、興奮を鎮めるように、今度は伊勢参りしようよ、と。


医者
白衣のイッセーの作り声が、ブルー暗転で交替して患者になり、医者小松になったとたん、二人の声と物腰がすっかり変わってしまうのに、まず、驚嘆。実際には元気いっぱいの患者も、医者の見立てひとつで、死の病になってしまう。一見すると、ドリフのコントみたいだけれど、ぴんぴん元気な体でも、検査結果で重病人になってしまう現代では、そんなに現実と大きく異ならない。二人の交替も、役割ひとつで死を宣告したり、されたり、って立場の大きさにしみじみしてしまう。


夜警
これもパワーアップして、後半の二人だけの演芸大会がドンドンいけいけになった。二人ともとても芸の達者な人だけど、これまでの二人芝居ではこっちを封印する方向で作ってきたから、今回一挙に梅も桜も咲かせてしまえって感じ。でもやがて、足取りもおぼつかない元の夜警に戻っていき、二人だけの体育館に闇としじまがひろがっていく、のをどうしようもなく、客は共有する。そして、そのことが悲しいことでもなく、長い時間を生きてきた結果だと、温かく思えるような一幕。


オーディション
どうしても避けたかった相手と組まざるを得なくなってからの、本番漫才が、とてもおもしろかった。二人して、足を両くの字にまげ、手を股にあてて、大声で「すっぽん!」というとき、楽しんでいる客席の顔を受け二人は大いに楽しんだだろう。はずかしいけれど、何かのとき、独り言で言ってしまいそう「スッポン!」。


高校3年生
小松さんの達者な芸を、ギターイッセーが、縦横無尽に引き出した感じ。おもしろかったのは、初日に大受けしたせりふや、ギターの音回しのうち、ほとんど反応しない場面があったこと。生き物だなあ。脚本がある芝居ならば、これほど客の反応が異なることってないと思うけれど。初日なりゆきの見えない芝居に、俳優尾形も俳優小松も、自分の中にわいた感想をそのまませりふにつくっていた部分。それは客も同じように驚いてわっとわいたのだろう。それが、少しねらって言うと、もう、せりふが予定調和だと伝わってしまう。おそるべし、客!
一生を回り灯籠のように、懐かしい歌といっしょにまわしていく。そのテンポと。日活映画のベタなせりふ、「ちぇ、よせやい!」とかに、みんなぐっと来てしまった。ステレオタイプな人生を描かれているからこそ、安心して振り返ることのできる、「コマカイ、私だけの人生。」最初の熱海で、老女が煙突男に向かって叫んだ人生の細部が、詰襟高校生によって、遠くまでカメラを引いてみたならばどの人生もそれほど大きく変わらないんだって言われる。そのことが、温かく胸に収まる。
千住のもつ町の力が、このテーマをきちんと後押ししたな、と思う。去年、「太宰治を読む、書く、つくる!」の一人芝居で石田林業の跡取り息子が、ウクレレ片手に大いなる父に向かってとワルツで♪そらを見上げれば♪と歌った続きを今日、見た気がした。


終わってからの千住焼肉屋にて、わいわいの会話から拾いインタビュー。

イッセー:
初日の舞台の怖さと力ってあるよね。今回はうまくいったね。どっち転ぶかわからないけどね。ワークショップのつくり方とまったくいっしょで作っていったの。今日も二人でしゃべってて、もう少しせりふでるかな、とか思ってたら、雄三さんに暗転にされちゃって、あれ(笑い)とか。で、小松さんがこうやりたいかな、ってのをぼくができるだけ場を作るってか、そういうことやろうと思った。小松さんがのびのびやってくれるとぼく自身がどんどん楽になっていくしね。
 そうなの、「夜警」の最初のところとか、ワークショップで、かみ合わない自分だけのせりふ作って客に向かって言うところそのまま。ぼくたち二人がそれをやったらこうなるってのをね。8月の二人芝居で攻撃的な人間ってのやったから、今度があるかな。そう?なんか、やさしい関係ってのが、伝わってた?うん。

小松:
今回、汗かかなかったって?そんなことないですよ。着替えの服の全部にハンカチいれといてくれたんだけど。すごく助かったよ(笑)。見に来てくれた女優さんが、初めてのものだ、って意味のこと言ってくれた。それはうれしい。これまでになかった形の芝居ができたと思いますね。それと、ナンセンスってことが今回できたの。ナンセンスをしっかりできたのがよかったです。

清子:
客として見たらってこと?そうね。これまでの二人芝居見てた人には、今度のはある種のとまどいはあったかもしれないね。熱海、と、ブックセールスはまあ、これまでと続いてる感じはあったかもしれないけど、3番目の医者で突然ぱきんと、折れるところがあったんじゃないかな。急展開があるよね。これは分かれ目。と、初日は思った。でも、初日と、二日、三日やるってことがすごく意味があったのは、通底するテーマが浮かび上がってきたかな、と思う。老いってことだよね。見た感じは芸が盛りだくさんで、すごく明るい感じでね。
舞台でやってみないとわからないことをピンポイントを押さえてるだけで、見る人に預けた。その具合というか、配分がたくみだったね。これまでは、人生の深み、大きなドラマを見せようとしていたのに、今回はなぜ、芸的なことに走るんだろうって客は思ったかもしれない。でも、それも説得するような舞台の上の関係性、尾形と小松さんとの、そして、二人と客との。それが劇場の中でみんなに伝わったと思うのよ。
それと、劇場のもってるキャラにあってる。大きなテーマを明るく扱っても伝わるには、とてもいいキャパだったしね。土地のにおいとかニュアンスをためすことができたし。知的に構築しようとしてないってことをお客がすてきにうけいれてくれて、うれしかったわ。

雄三:
小松さんとの二人芝居の流れ?15年前はね、イッセーと小松の初めての出会いを使っていこうと。つまり、初対面同士が同部屋になるリアリティね。それは演じ方がまったく異なる二人の出会いと重なると思ったの。それから15年あいて、出会って復活して、もう一度15年前のネタをやってみようということになったの。次は去年2月大阪の、ブラバ。これは大きな劇場で、ベケットを二人でやってみようということにして。「ゴドーを待ちながら」で入って、お金がなくて、寝るところもなくて、でどうしようもなくて二人が別れられない、ってのを 歌手とマネージャーって話で。ギャラもらえるはずのところへ女の子が来て「出てって下さい」とか言われる、と金がもらえないとかね。

次に、ベケットの「勝負のおわり」。盲人の主人と奥さん。なんでそこから脱出してこいけないのか、ってのを写真家と奥さんで設定。離れられない関係。何も実らないのにいっしょにいる関係を、新劇のじいさん、ばあさんでやったの。

去年の8月はクエストね。二人でいることの負の面をひろっていこうと。ワークショップでもよくとりあげるけど、対立とかけんかとか、葛藤とか。そんないやな相手がいることで、生きる力というか生かされるというか、そういうことってあるよね。気がついてみると、ほかほかしてる感じとか。それを一度しっかりやってみたから、今度の芝居のなんか、やさしい感じとか出たんじゃないかな。

今度の千住では、立場の違いがテーマかな。医者と患者。これがテーマを一番象徴してる。ポジションの違いで、死ぬか生きるかが決まってくる。役割がちがうだけで。そのくらい、人間って実は役割で生かされてる。それは現実だけど、本質じゃないってことだね。
最初に熱海のシーンにしたのはね、一連の流れの中で、年寄りの芝居から入っていくということが必要かな。と、全体としては、若い人と年寄りの世代の対比みたいなことがテーマなんだけれど。
そんなこと話しながら稽古してて、ゼッケン、ってイッセーさんが思いついた。ゼッケンって、要するに、人格が番号になってしまうことでしょ。
最後のはね、ま、いつもの構成で、歌をやってみようかってことになって。小松さんが歌うことにしようと。うちらのつくり方だど、どんな歌を歌えるかってことで背景をきめていこうかと。下宿で時間つぶしで歌うたってるって設定とかってことになったんだけど。もうひとつ客にかけるために、大きくしていこうということで。
人生、けっこうパターンなんだよね。それをやろうかと。恋愛とか職業とか。そうだね、すごろく、そう、すごろくみたいだよね。
ウテナクリームに行くか、資生堂に行くかとかね。倒産して、一回休みとかね。自分の人生がすごく大変だとみな思うけど、でも結構運不運あって、すごろくの上走ってるんだってことがわかれば、それも少し楽になるし、いい目もでるかなって思うじゃない。

今回、うまくいったと思う。二人のキャラクターも生き方もぜんぜん違う。でも、違っててもいっしょにいることでかならず何かが生まれてくるし、関係ってやっぱり温かいものだってことがね、できたんじゃないかな。
うまくいかなかったところ?
おふざけがまだね、アドリブが浅いのね。6つのシーンの種類が違わなければいけない。そこに焦点あてていかかなければいけないということがわかった。一般にひとつの芝居では、そのトーンを統一するはずと思われてるよね。でも、6つのシーンの芸というか、笑いというか、それをひとつひとつ変えていくってことがね。芝居の中で種類が違う笑いをやるってことはむずかしいし、珍しいことなんだけど、おれたちがやろうとしているのはそういうことなんだ。
| workshopレポート*吉村順子先生 | 20:08 | comments(6) | trackbacks(2) |
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| - | 20:08 | - | - |
これまでになかった芝居!ワンダホ〜♪ 観たくてたまりませんね。ようやくわが町にIJが届きました。表紙に期待しておりましたが…
| みんみん | 2007/02/13 10:41 PM |

えっ
あの暗転って…
| 鳩サブレー | 2007/02/14 3:39 AM |

そうなのです。あの暗転!
| みやこどり | 2007/02/14 11:15 PM |

意味を問うことなく、質の高い芝居を見せる。こりゃ大変だって感じがします。
でも、月曜日に見させていただいて残ったのは「笑ったなぁ」という印象だけ。その笑いの余韻を味わいながら、今日も明日も「細かいこと」を積み重ねて行きます(笑)
| sato3104 | 2007/02/14 11:24 PM |

お久しぶりです。壊れたパソコンとさよならしているうちに3年ぐらいたったような錯覚・・・
おもしろいお二人に拍手です。

玲くんはラグビーのために大学をかわってしまったのよ〜
| 枯れ葉おばさん | 2007/02/19 11:01 PM |

小松さんはマジで素敵なひとだお。
小松さんの無垢さにノックアウト。ベテランぶりにもノックアウトだお!!
| 慶 | 2007/02/21 7:04 AM |










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イッセー 尾形
誕生日:2月22日
出身地:福岡
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